私たちのゆずりは学園の標高223メートルの森は、木落山というのが正しい名前です。地元の野田中学校の校歌を丸山 薫先生に頼み、校歌を作っていただいたのですが、その校歌の中に、「木落山」のフレーズが出ています。

「東天高く ひろごれる 木落としの山もゆる時」の言葉が2番に書かれています。

私たちが、その木落山の里山作りに取り掛かったのは、もう20年前です。

 機械を入れて、竹を切り、草を刈り、道を作り、階段を作り、森の中に子ども達の居場所を作り、「池の原フリースクール」の森作りを始め、森の音楽会でオープニングをしたのが、2002年4月 弦楽四重奏のオープニングコンサートを森の中で、開催。150名が爽やかな春の装いの中で、森の木々の間から奏でられる音に幸せな時間を過ごしました。その山に、名古屋テレビの取材が入り、2008年に名前をゆずりは学園と替え、その時に手作り里山の木落山を「ゆずりはの森」と呼び、今に至っています。コロナ禍ではありますが、子ども達が新しく入ってくる子どもを連れて、頂上まで登ることも時々あります。コロナ禍だからこそ、風が吹き、空気がいつもいいゆずりはの環境は、安心で密にならない毎日です。丸山先生の詩の中にあるということも、すごくうれしいです。

 アメリカのロサンゼルスでは、3人に1人がコロナに感染というデータが出ています。

しかし、日本の若い人たちの中には、新聞も読まず、ネットも見ない人がいます。情報は自分の興味のあることだけ。全体にさまざまな情報は、自分から求めないとだめですが、新聞離れの現在。

「コロナ」にかかってもいいかなと答える若者の平然とした顔がテレビに映し出されました。医師になるためには、多くの時間と経験と研修とが必要です。そして今、懸命に「命」を救うために、医療関係者が、自分の身を危険な状態に置いて。がんばってくださっているから、何とかぎりぎりの状況なのに、政治家が市議会議員が教育関係者が居酒屋で200人100人60人30人・・・これこそが汚い言葉ですが、「ふざけるな」の思いです。

 これからの日本を守りたいのに、なかなか難しいのが、今目の前にいっぱいです。

海岸に冷蔵庫を捨てる大人がいます。パパさんが丸山 薫の詩を書いて設置しました。心に響いてくれることを祈りながら。